2026年4月23日の午後、ブエノスアイレスの大統領府カサ・ロサダに、一人のアメリカ人投資家が家族を伴って現れました。ピーター・ティール氏(Peter Thiel)。ペイパル(PayPal)の共同創業者であり、パランティア・テクノロジーズ(Palantir Technologies)の会長、そしてベンチャーキャピタルのファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)のパートナーです。会談内容は非公開とされ、写真だけが公表されました。
ちょうど同じ時期、彼が会長を務める会社は、アメリカ連邦政府から過去最大規模の予算を受け取っていました。国家の中枢に深く食い込みながら、同時にその国家から距離を取る。この一見矛盾した二つの動きが、2025年から2026年にかけてのティール氏の行動を貫いています。
政府の予算を吸い上げる会社
まず、数字から確認します。パランティアの2025年第4四半期の売上高は14億1000万ドル、前年同期比70%増でした。ただし増収を牽引したのは政府部門ではなく米国の商用部門で、こちらは前年同期比137%の伸びを記録しています。米政府部門も66%増の5億7000万ドルと堅調で、同社は2026年通期の売上をおよそ72億ドルと見込んでいます。
とはいえ、同社の名前が連日メディアに登場する理由は商用部門ではありません。2025年4月、移民・関税執行局(ICE)は「ImmigrationOS」と呼ばれるプラットフォームの構築を、3000万ドルでパランティアに発注しました。
契約書類によれば、自主的な出国をほぼリアルタイムで把握し、送還の実務を効率化するための仕組みで、契約は2027年9月まで続きます。ICEは調達文書のなかで、これを構築できるのはパランティア以外にないと説明しました。
国防総省との関係も深まっています。ニューヨーク・タイムズの報道によれば、同社はトランプ大統領の就任以降の数か月で1億1300万ドルを連邦政府から得たうえ、国防総省から7億9500万ドル規模の追加発注を受けました。
これは戦場の映像解析などを担うAI基盤の拡張にあてられ、契約上限は総額で13億ドル前後に達するとされています。さらに、内国歳入庁(IRS)の納税データを含む横断的なデータベース構築に同社のソフトウェアが使われているとの報道も出ました。パランティア側はこれを明確に否定しています。
政策決定者と受注企業の距離の近さも指摘されました。移民政策の設計者であるスティーブン・ミラー大統領次席補佐官が、10万ドルから25万ドル相当のパランティア株を保有していると報じられ、利益相反を問う声が上がっています。
アンドゥリルに合わせて書かれたような一文
もう一社、ティール氏のエコシステムに属する企業が大きな恩恵を受けました。2025年7月4日に成立した大型予算法には、国境監視技術に約60億ドルを充てる条項が入っています。ただしそこには制限が付いていました。
新設する監視タワーは、税関・国境警備局(CBP)が「自律的な機能を持つ」と試験・承認したものでなければならない、というものです。
調査報道メディアのインターセプトが確認したところ、この要件を満たすタワーを供給できるのは、当時アンドゥリル・インダストリーズ(Anduril Industries)のセントリー・タワーだけでした。CBP自身が、同社が唯一の承認済みベンダーであると認めています。
結果として、ゼネラル・ダイナミクスやイスラエルのエルビット・システムズといった競合は、この予算の外側に置かれました。アンドゥリルの共同創業者トレイ・スティーブンス氏はファウンダーズ・ファンドのゼネラルパートナーであり、同ファンドはシードから一貫して出資を続けています。特定企業を優遇する条項だという批判が、複数の媒体から出ました。
議会だけが、唯一のリスクだった
これだけの受注は、当然ながら政治的な摩擦を生みます。2025年6月17日、ロン・ワイデン上院議員とアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員を中心とする議員団は、パランティアのアレックス・カープ最高経営責任者に書簡を送りました。
政権下での業務に関する記録を、将来の訴訟と議会の監督に備えて保全するよう求める内容です。会社側は一連の疑惑を否定しましたが、議会が調査権限を持てば話は変わります。
ティール氏は2023年の時点で、政治献金から手を引くと公言していました。2022年の中間選挙ではJ.D.ヴァンス氏の上院選を支援するスーパーPACに1500万ドルを投じ、キングメーカーと呼ばれた人物です。その彼が沈黙を破ったのは2025年2月でした。
マイク・ジョンソン下院議長の合同資金調達委員会「Grow the Majority」に85万2200ドルを寄付し、その約9割が共和党全国委員会や州支部、30近い下院議員の陣営へと再配分されています。ビジネス・インサイダーはこれを、上院や大統領選のような派手な戦いを避け、下院の個別選挙区に分散投資する手法だと分析しました。下院の多数派が入れ替われば議会の召喚権も動く、という力学を踏まえれば、この配分は合理的だという見方です。
同じ時期、彼は保有株の一部を現金化しています。2026年3月2日、パランティア株200万株を1株140ドル台で売却し、およそ2億8000万ドルを得ました。前年11月14日に設定された事前取引計画(Rule 10b5-1)に基づく売却で、彼の保有全体からすればごく一部にあたります。
カリフォルニアを出て、ブエノスアイレスへ
国内で防衛線を張る一方、ティール氏は国外に出口を用意しました。きっかけの一つは、カリフォルニア州で11月の住民投票にかけられる予定の富裕層課税です。純資産10億ドルを超える住民に一度限り5%を課すという提案で、2026年1月1日時点の居住実態が基準になります。彼は2025年の暮れにカリフォルニアを離れ、12月には反対派の団体に300万ドルを寄付しました。
そして2026年、彼はブエノスアイレスの高級住宅街バリオ・パルケ(パレルモ・チコ)に、約1200万ドルの邸宅を購入します。アルゼンチンの建築家アレハンドロ・ブスティージョの設計による約1600平方メートルの物件で、この地区の取引価格の上限を塗り替えたとフォルベス・アルヘンティーナは報じました。
子どもたちを現地の学校に入れ、ハビエル・ミレイ大統領の側近サンティアゴ・カプート氏と昼食を共にし、冒頭のカサ・ロサダ訪問に至ります。ミレイ氏は会談を好意的に振り返り、二人とも税を窃盗とみなす点で一致したと語りました。
ニューヨーク・タイムズは、この転居を恒久的なものではなく一時的なものと位置づけています。同紙によれば、動機はカリフォルニアの税制だけでなく、アメリカという国家の方向性への不信、ミレイ政権のリバタリアン的な政策への共感、そして大規模な世界的紛争に備えた「予備の国」への関心が混ざったものです。
彼は核戦争とAIの暴走の双方を公に警告してきた人物であり、南半球という位置そのものに意味を見ているのかもしれません。隣国ウルグアイでも土地を取得したと伝えられています。
アルゼンチン政府が永住権や市民権の付与を検討したという報道もありますが、ミレイ大統領の報道官はそうした提案の事実を否定しました。
一方で首席補佐官のマヌエル・アドルニ氏は、規制と重税から逃れたい世界の富豪を歓迎すると公言しています。現地では歓迎ばかりではありません。パランティアがアルゼンチンの行政データに接続すれば、それはデジタル植民地化にほかならないという批判が、野党政治家や技術者から上がっています。
60億ドルを、十数社だけに賭ける
本業の投資手法も、この二年で大きく変わりました。2026年5月1日、ファウンダーズ・ファンドは同社史上最大となる60億ドルのグロース・ファンドをクローズします。うち45億ドルはソブリン・ウェルス・ファンドを含む外部投資家から、残る15億ドルはティール氏を含む同社のパートナーと従業員自身の資金でした。運用側が全体の四分の一を自腹で拠出する構造です。
異例なのは速度です。前身となる46億ドルのファンドは、本来2〜3年かけて投資する計画でしたが、12か月未満で使い切られました。投じられた先はわずか7社。
Anthropicに12億5000万ドル、アンドゥリルに10億ドル、ほかにSpaceX、OpenAI、Stripe、Ramp、コーディング支援のCognition AIです。一社あたりの平均は約6億ドルにのぼります。正式な資金調達ラウンドが始まる前に企業へ直接アプローチする、先回り型の手法でした。新しい60億ドルも、十数社程度に集中させる計画だとブルームバーグは報じています。
海の上でAIを動かす
2026年に入り、ティール氏の関心はAIを物理的に支える層へ移りました。象徴的なのが、オレゴン州ポートランドのスタートアップ、Panthalassaです。5月5日に発表された1億4000万ドルのシリーズBを、彼は個人ファンドを通じて自らリードしました。
ジョン・ドーア氏、マーク・ベニオフ氏のTIME Ventures、マックス・レヴチン氏のSciFi Ventures、サーバー大手のスーパーマイクロ・コンピューターなども参加し、評価額は10億ドル近くに達したとフィナンシャル・タイムズは伝えています。
同社が作るのは、洋上に浮かぶ自律型のノードです。水面下に50〜80メートルの円筒が伸び、海面には直径15〜30メートルの浮体が乗る、細長いキャンディのような形をしています。波で上下するたびに内部の貯水槽へ水が押し込まれ、タービンが回って発電します。一基あたり最大1メガワット。
生まれた電力は陸に送らず、その場でAIチップを動かすことに使われ、推論の結果だけが低軌道衛星経由で地上に届きます。冷却は周囲の海水が担います。
送電コストという、波力発電が三十年にわたって越えられなかった壁を、電気ではなく計算結果を運ぶことで迂回する設計です。実際、フィンランドのAW-Energyは2025年に破産し、米国のAquaHarmonicsも事業を停止しました。
同社は2026年中に北太平洋でOcean-3の試験ノードを展開し、2027年の商用化を目指しています。宇宙空間にデータセンターを置こうとするStarcloudが2026年3月に1億7000万ドルを調達したことと合わせ、地上の電力網の外側に計算資源を求める動きが、資本を集め始めていることは確かです。
トールキンの名を持つ会社たち
パランティアという社名がJ.R.R.トールキンの遠見の水晶に由来することはよく知られていますが、その命名法は伝染しているようです。2026年2月、パランティア出身者がアムステルダムで立ち上げた防衛スタートアップOnodrim(トールキン世界の樹木の巨人エントの別名)は、ファウンダーズ・ファンドなどが主導する4000万ユーロのシードを調達しました。
3月には、OpenAIで研究責任者を務めたボブ・マグルー氏が率いるArda(トールキン世界における「世界」)が、7億ドルの評価額で7000万ドルを調達中と報じられています。工場の映像を学習した動画モデルでロボットを訓練し、製造工程を自動化する構想で、ファウンダーズ・ファンドとAccelが共同リードに入りました。
一方で、切り捨ても行われています。2022年のマイアミのカンファレンスで100ドル札を客席にばら撒いてみせたビットコイン支持者は、2025年末までにイーサリアム関連の運用会社ETHZillaの持ち分(かつて7.5%)を全て手放しました。
SECへの提出書類が示すのは保有ゼロという事実だけで、理由は書かれていません。ファウンダーズ・ファンドはビットコイン関連のBitMineを引き続き保有しているとも報じられており、暗号資産そのものからの撤退と読むのは早計でしょう。
ラスベガスで転んだ実験
すべてが上手くいっているわけではありません。2026年5月24日、ラスベガスのリゾート・ワールドに設けられた2500席の会場で、エンハンスト・ゲームズ(Enhanced Games)の第一回大会が開かれました。
世界アンチ・ドーピング機関の規則を正面から否定し、医療監督下でのパフォーマンス向上薬の使用を認める大会です。オーストラリアの起業家アロン・ドゥスーザ氏が構想し、ティール氏とドナルド・トランプ・ジュニア氏の投資会社1789 Capitalが資金を出しました。運営会社はSPACとの合併を通じて企業価値12億ドルでニューヨーク証券取引所に上場したばかりでした。
競技は水泳、陸上、ウエイトリフティングの三種目。ギリシャのクリスティアン・ゴロメエフ氏が50メートル自由形で薬物不使用の世界記録を破り、150万ドルの賞金を得ました。主催者は12名が自己ベストを更新したと発表しています。
しかし主要メディアの評価は厳しく、演出と運営の混乱を含めて「フロップ」と酷評されました。市場の反応はさらに率直で、親会社エンハンスト・グループ(NYSE: ENHA)の株価は大会直後の火曜日に43%下落して3.03ドルの上場来安値をつけ、高値からの下落率は7割に達しています。既存の権威を資金と技術でハックするという手法が、今回は買われませんでした。
「反キリスト」という、思想の武器
ティール氏の活動のなかで最も奇妙に見えるのが、キリスト教終末論をめぐる講演です。2025年9月から10月にかけて、彼はサンフランシスコのコモンウェルス・クラブで「The Antichrist: A Four-Part Lecture Series」と題した非公開の連続講義を行いました。
一回およそ二時間、計四回。参加者には内容を口外しないよう求められていましたが、録音がワシントン・ポストに渡ります。同紙の依頼でデジタル鑑識の専門家ハニー・ファリド氏が音声を検証し、AIによる合成ではないと判定しました。
そこで彼は、テクノロジーの規制を求める人々を「反キリストの軍団」と呼びました。気候活動家のグレタ・トゥーンベリ氏や、AIのリスクを訴えるエリーザー・ユドコフスキー氏を名指ししたうえで、科学を止めようとする者こそが現代の反キリストなのだ、という論法です。
彼の主張を整理すると、近代科学は世界を終わらせる手段を生み、人類はその脅威を管理するために絶対的な権力を持つ単一の世界政府を求めるようになる。
その世界政府こそが全体主義の入口であり、規制推進の思想はそこへ至る道である、ということになります。
この議論は、2025年11月号の保守系神学誌『First Things』に寄せた論文「Voyages to the End of the World」で体系的に展開されています。共著者はティール・キャピタルの研究者サム・ウルフ氏。
二人はフランシス・ベーコンが1626年に遺した『ニュー・アトランティス』を、近代を読み解くための予言の書として読み解きます。ベーコンは表向き科学とキリスト教の調和を説きながら、その裏で神そのものを廃止する夢を隠していた、というのが彼らの読みです。
論文はさらにスウィフトの『ガリヴァー旅行記』、アラン・ムーアの『ウォッチメン』、そして尾田栄一郎氏の『ONE PIECE』までを射程に入れ、技術は反キリストを呼び出すのか、それとも押しとどめるのかを問います。世界政府と隠された主権者という『ONE PIECE』の構図が、彼の議論のなかで違和感なく機能しているのは示唆的です。
一見すると難解な神学論に見えますが、着地点は現実的です。過剰な規制を打破し、個人の才覚と自由市場によってテクノロジーの進化を加速させること。それは彼の投資哲学そのものであり、パランティアやアンドゥリルのような企業の存立条件でもあります。神学は、テクノ・リバタリアニズムを正当化するための言語として使われている。少なくとも、批判者たちはそう読んでいます。
流出した名簿と、25万ドルの奨学金
2026年6月、ティール氏が2006年にアウレン・ホフマン氏と共同で設立した招待制の秘密組織「Dialog」の情報が流出しました。きっかけは、同組織のウェブサイトのソースコードに、保護されないまま埋め込まれていた113人分の名簿です。
スイスのハクティビストが匿名の情報提供を受けて発見し、WIREDが内容を検証しました。別の情報源からは、2026年のリトリートの登録名簿も渡っています。登録者は222人、うち87人が初参加でした。
このリトリートは8月12日から16日、アイルランドのダブリン近郊で開かれる予定です。流出したアジェンダには、「原子力を取り戻せ」「第三次世界大戦をどう乗り切るか」「戦場テクノロジー」といった議題に混じって、「カルトの作り方」(キリスト教系SNSであるPray.comの創業者がモデレーターを務めます)、「お金で幸せは買えるか」、そして「あなたのセックスライフはどうなっているか」といったセッションが並んでいました。
名簿にはイーロン・マスク氏、ジャレッド・クシュナー氏、スコット・ベッセント財務長官、テッド・クルーズ上院議員らの名前が含まれ、誰一人として政府のメールアドレスで登録していなかったと報じられています。会場に予定されていた邸宅の運営側は開催中止を望んだものの、所有関係の都合でそれができないと表明しました。
同じ2026年、次世代の側にも手が打たれています。大学を中退した22歳以下の若者に資金を出すティール・フェローシップは、助成金を10万ドルから25万ドルへ倍増させました。株式は一切求めません。2026年のクラスはわずか12名、7か国からの選出です。過去のフェローからはイーサリアムのヴィタリック・ブテリン氏や、Figma、Anthropic、Cognitionの創業者が出ています。
増幅と、脱出
こうして並べてみると、ティール氏の行動には一貫した二本の矢印が見えてきます。
一本は、国家へ向かう矢印です。連邦政府の防衛・監視予算をパランティアとアンドゥリルを通じて吸い上げ、その権益を守るために下院共和党へ資金を配る。国家の権力をテクノロジーで増幅し、増幅された分の対価を受け取る構造です。
もう一本は、国家から離れる矢印です。カリフォルニアの課税を避けてブエノスアイレスに拠点を移し、規制と世界政府を神学の言葉で糾弾する。地上の電力網に依存しない洋上のデータセンターに投資し、既存のスポーツ統治機構を嘲笑う大会を支援する。
この二本は矛盾しているように見えて、同じ前提から出ています。既存の制度は信用できない、という前提です。信用できない制度からは可能な限り資源を引き出し、同時にそこから独立した退避先を作っておく。エンハンスト・ゲームズの株価が示したように、この戦略が常に成功するわけではありません。それでも、2026年のピーター・ティール氏が何を作っているのかと問われれば、答えはおそらくこうなります。彼は、内側から制度をハックしながら、そこから降りるための箱舟を並行して設計しているのです。



