SF映画やファンタジー作品の壮大な異世界は、長らくグリーンスクリーンの前で俳優が演じ、撮影後に何か月もかけてCGを合成して作られてきました。
けれどもこの数年、その常識を根底から覆す技術が現場に定着しています。巨大なLEDウォールで囲んだ撮影空間「The Volume(ザ・ボリューム)」です。
背景をその場でスクリーンに映し出し、実写と一緒にカメラへ収めてしまう——後処理に委ねていた作業を本撮影へ前倒しする、この発想の転換を追っていきます。
「The Volume」とは——撮影現場で背景を完成させる
The Volume とは、巨大で高精細なLEDビデオウォールに囲まれた円筒形・半円形の撮影ステージを指します。原型は、インダストリアル・ライト&マジック(ILM)が Disney+ のドラマ『マンダロリアン』のために開発したバーチャルプロダクション技術「StageCraft」です。
従来のグリーンバック合成には、緑の反射光の処理、俳優の視線の食い違い、長期に及ぶ後処理といった課題がつきまといました。The Volume はこれを「In-Camera VFX(ICVFX/インカメラVFX)」という手法で解決します。
Epic Games の Unreal Engine などのリアルタイム3Dエンジンで写真のようなCG背景を描き、LEDに映した状態で俳優や物理セットごと撮影するのです。合成の大半が本撮影の段階へ移り、カメラのファインダーを覗いた時点で「最終ピクセル(Final Pixel)」に近い映像が得られます。
リアプロジェクションから続く進化の系譜
この技術は突然現れたわけではありません。背景を投影する発想自体は、1920年代の『メトロポリス』で使われたシュフタン・プロセスや、古い西部劇・ヒッチコック作品でおなじみの「リアプロジェクション」までさかのぼれます。
ただし過去の手法が平面的で遠近感の破綻を免れなかったのに対し、The Volume はカメラの動きに合わせて背景の遠近がリアルタイムに変わる点が決定的に異なります。技術的な土台は、1998年にポール・デヴィベック氏(Paul Debevec)が提唱した Image-Based Lighting(IBL)にあります。被写体を囲むようにHDR画像を貼り、環境そのものを光源にする考え方は、2002年に156灯のLEDを並べた「Light Stage 3」として装置になりました。
その後、2011年の『ゼロ・グラビティ』の「The Light Box」へと発展し、ディスプレイとしてのLEDの可能性が探られていきます。直接の起源は2015〜16年の『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』です。撮影監督のグレイグ・フレイザー氏が、宇宙船コクピットの複雑な照明に悩み、外の宇宙空間のCGを巨大なLEDに映してガラスや顔へ自然な反射を作りました。
この成功が ILM や Epic Games の技術者へ共有され、ジョン・ファヴロー氏が『ライオン・キング』で得たVRロケハンの経験も加わって、2019年の『マンダロリアン』で「StageCraft」として結実します。高さ約6メートル、直径約23メートル、270度を覆うLEDウォールと天井パネルで構成された空間でした。
インナーとアウター、二重フラスタムの仕掛け
The Volume を単なる大型ディスプレイから「魔法の空間」へ引き上げているのが、レンダリングの巧妙な設計です。シーズン2では ILM が独自開発したリアルタイム・シネマレンダラー「Helios(ヘリオス)」を投入し、市販ゲームエンジン依存だった第一世代から映画品質のレイトレーシングへ踏み込みました。
最大の工夫が「フラスタム」の二重構造です。フラスタムは「錐台」を意味し、カメラの視野に収まる仮想空間の領域を指します。ウォール全体を常に最高解像度で描くのは現実的でないため、システムは二つの領域を同時に扱います。
一つはカメラに実際に映る「インナーフラスタム」で、カメラの位置や画角と完全に同期し、最高解像度で遠近補正された背景が描かれます。
もう一つはカメラに映らない「アウターフラスタム」で、意図的に低解像度で固定され、セット全体に自然な環境光と、瞳や小道具への正確な反射を供給します。この分担により、計算負荷を抑えつつ必要な画質と360度の光環境を両立させています。カメラ位置は Mo-sys 社の StarTracker などでミリ単位に追跡され、LEDの画素間隔(ピクセルピッチ)は用途に応じて1.5〜2.8mm程度が選ばれます。
「ポストで直す」から「事前に作り込む」へ
The Volume の導入は、制作全体の重心を大きく動かします。従来は撮影後の数か月で「後から直す(Fix it in Post)」のが当たり前でした。ところがこの方式では、撮影初日までにLEDへ映す最終品質に近いCGを仕上げておく必要があります。そのためプリプロダクションが大きく膨らみ、『マンダロリアン』級の作品では VAD(バーチャルアート部門)が撮影の5〜6か月前から動き出します。
撮影中の大きな脚本・美術変更はアセットの作り直しを意味するため難しくなりますが、計画どおり進めば撮影後の修正やリテイクを劇的に減らせます。現場で最も恩恵を受けるのは撮影監督と照明技師です。LEDウォール自体が巨大な発光体になるため、ライティングは自然で有機的になります。
反射の強い装甲服をまとった『マンダロリアン』の主人公でも、砂漠の陽光や星明かりがそのまま金属へ映り込み、デジタル補正なしに本物の質感が生まれます。カメラに映らないパネルを「ライトカード」として使えば、iPad の操作だけで任意の形や色の照明を全方位から動かせます。
俳優にとっても、目の前に等身大の風景やクリーチャーが広がる意味は小さくありません。『THE BATMAN-ザ・バットマン-』でキャットウーマンを演じたゾーイ・クラヴィッツ氏も、実際に見える日の出のおかげで演技がはるかに容易になったと語っています。
さらに、ロケ最大の敵である太陽の移動や天候から解放され、数十分しか続かない「マジックアワー」をシステム上で何時間でも固定できます。ボタン一つで朝のニューヨークから昼の宇宙へ——移動コストと天候待ちが大幅に縮みます。
万能ではない——モアレ・色ずれ・コストの壁
もっとも、The Volume は万能薬ではありません。最大の光学的課題が「モアレ」です。LEDの画素配列とカメラセンサーの画素という二つの規則的なパターンが重なり、意図しない縞模様が生じます。最も手早い対処は被写界深度を浅くして背景をあえてぼかすことです。カメラとパネルの距離や角度を1cm・1度単位で調整したり、スモークを足したりレンズのピントを甘くしたりと、現場の職人技も求められます。もう一つが「カラーシフト」と「メタメリズム(条件等色)の破綻」です。
LEDの光は自然光とスペクトルが異なるため、肉眼では正しく見えてもカメラを通すと特定の色が極端にずれて記録されます。これを抑えるには撮影前の厳密なカラーキャリブレーションが欠かせません。
Netflix はこの課題に対し、オープンソースのツール「OpenVPCal」を公開しています。色見本を表示して特定のカメラで撮影し、ずれを相殺する3D LUT を生成して映像パイプラインへ適用する——その全体で最低10ビットの色深度を保たないと、なめらかなグラデーションが階段状になる「カラーバンディング」などでリアリティが崩れてしまいます。
費用も依然として高い壁です。巨大なLED、トラッキング、超高性能なサーバー群(ブレインバー)の構築・維持には莫大な初期投資がかかります。撮影監督のデヴィッド・クライン氏が「金持ちのプロセス」と呼ぶように、フルスケールの運用は大型予算作品に偏りがちです。これらを安定して操作できる熟練オペレーターが業界全体で不足していることも、普及を阻む要因になっています。
名作が示す応用範囲
The Volume の柔軟さは、実作品の幅広さに表れます。出発点となった『マンダロリアン』(2019年〜)はシーズン1の半分以上をロケなしで撮影し、シーズン2では Helios と物理セットの外部拡張でさらに進化しました。
監督のジョン・ファヴロー氏は劇場版『The Mandalorian & Grogu』へと表現を広げ、同作は IMAX 向けに撮影されて2026年5月に劇場公開されています。ストリーミングから巨大スクリーンへ、物理セットとデジタルの融合をいっそう深めた一作です。舞台が現実の都市でも力を発揮します。
『THE BATMAN-ザ・バットマン-』(2022年)では、暗く退廃したゴッサム・シティを構築し、LEDに沈む夕日を映してバットマンやキャットウーマンの顔へ直接光を落としました。外部照明とグリーンバックでは到達できないノワール調の重厚さです。閉鎖空間と海の表現で名高いのが Netflix『1899』(2022年)です。
ドイツ・バーベルスベルクの常設スタジオ「DARK BAY」で撮影され、回転式ステージと降雨装置を備えます。巨大客船を舞台に、甲板や船室ごとステージを回す「ピザスライス」と呼ぶ手法で、限られた270度のスクリーンを最大限に使い、あらゆる角度の海や進行方向の変更をセットの建て直しなしにこなしました。
このほか、マーティン・スコセッシ監督『アイリッシュマン』(2019年)はAIによるディエイジングと3カメラ方式を組み合わせ、俳優をモーションキャプチャースーツから解放しました。Netflix『レッド・ノーティス』(2021年)はモバイルLEDで、走る列車の上やヘリ内部といった撮影困難なアクションをスタジオで安全に収めています。『ボバ・フェット』『オビ=ワン・ケノービ』『キャシアン・アンドー』『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』など、いまやジャンルを問わない標準的な選択肢になりつつあります。
マルチカメラの壁を破る GhostFrame
長らくの弱点が「複数のカメラで同時に別アングルを撮りにくい」ことでした。インナーフラスタムは1台の主観カメラに合わせて描かれるため、別位置の2台目から見ると遠近が歪んでしまうのです。これを突破するのが「GhostFrame(ゴーストフレーム)」です。Megapixel VR、AGS、ROE Visual らが生んだ特許技術で、LEDの極めて速いリフレッシュとカメラのシャッターをナノ秒単位で同期させます。
1枚のウォールが、肉眼では見えない超高速で「カメラA用」「カメラB用」、合成用のグリーンバックやトラッキング用マーカーといった別々のサブフレームを切り替えて表示し、各カメラは自分専用のフレームが出た瞬間だけシャッターを開きます。こうして、1つのスクリーンから複数の正しい映像と合成素材を同時に取り出せるようになりました。
AGS の最高経営責任者ピーター・エンジェル氏(Peter Angel)が指摘するように、放送での安全なカメラ切り替えや、地域ごとに違うスポンサーロゴの差し替えにも応用できます。実際、Fox Sports のスポーツ番組や Valve の eスポーツ配信など、リアルタイム性が要る現場で使われています。
日本のスタジオ最前線
ハリウッドでの成熟を受け、日本でも世界水準の投資が相次いでいます。東映は2022年10月に東京撮影所へバーチャルプロダクション部を新設し、2027年3月までの5年間で約20億円を投じる計画を掲げました。
No.11ステージを改装したこの施設は、発表当時としては国内最大級です。AOTO 社「RM1.5」(1.56mmピッチ)を横30m×縦5m・270度の弧に並べ、横方向で19Kという解像度と1500nit の輝度を実現しています。
天井には6000nit の AOTO「M3.7H」を配し、円弧の直径は約12m。床の中央には直径6mの円が切られ、車用ターンテーブルを置けるため、車体への景色の映り込みまで再現するドライビング撮影に強みがあります。
トラッキングには Mo-sys の StarTracker を採用し、カメラに映らない一瞬を狙ってマーカーを発光させる方式で映り込み問題を解消しました。ILM 出身者を迎え、社内でCGアセットを完結できる体制も整えています。ソニーピーシーエルは2022年2月、クリエイティブ拠点「清澄白河BASE」を開設し、自社の高精細LED「Crystal LED Bシリーズ」を導入しました。
1.58mmピッチで横15.2m×高さ5.4m、低反射コーティングで不要な反射を抑えた曲面スクリーンです。最大の強みは、LEDからシネマカメラ VENICE までソニー製品で垂直統合されている点にあります。「Camera Sync」機能でカメラのシャッターと Crystal LED を独自に同期させ、LED撮影特有のライン状ノイズを抑えています。首都圏の外にも動きがあります。
千葉県八街市の「HCA factory.」は、元馬術競技場を改装した有効面積600坪(国内最大級)の実験型スタジオで、案件に応じてLEDを自在に組み替えられます。音響・映像機器大手のヒビノは「Hibino VFX Studio」を運営し、大型LED「Ruby2.6F」などのシステムレンタルで、映画やCM・MVの撮影を機動的に支えています。
民主化のその先へ
The Volume は、単なるグリーンバックの代替ではありません。制作のタイムラインを組み替え、画質とクリエイティブの主導権を撮影現場の監督・撮影監督へ取り戻す、歴史的な転換点です。一方で、モアレや色ずれといった光学・物理の壁、準備工程の肥大化と巨額の初期投資という宿題も残ります。
それでも、GhostFrame のようなマルチカメラ技術や、OpenVPCal に代表されるオープンソースの色管理は、こうした壁を急速に下げています。Vu One のような設定済みのターンキー製品や、高度な専門知識を要さない VIVE Mars CamTrack のような手頃なトラッキングも登場し、インディペンデントや中規模予算の作品にも扉が開きつつあります。
日本でも東映・ソニー・HCA らが世界水準のインフラと独自の実験を進めています。中長期的には、実ロケと仮想セットの境界はさらに曖昧になり、予算と狙いに応じてハイブリッドに使い分けるのが当たり前になっていくでしょう。The Volume は、現実に存在しないものを「本当にそこで撮ったかのように」描くための、最強のキャンバスになりつつあります。



