前衛映画の金字塔「狂った一頁」―失われた傑作の復活
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実験的映画の誕生
1926年に製作された「狂った一頁」(原題:狂燥の血)は、衣笠貞之助が新感覚派の作家・川端康成らと共同で製作した前衛的な無声映画である。精神病院を舞台に、そこで働く用務員とその妻の物語を通じて、現実と妄想が交錯する世界を描き出した。この作品は、当時の日本映画界では類を見ない実験的な手法を採用し、ドイツ表現主義やフランスのアヴァンギャルド映画の影響を強く受けながらも、独自の映像表現を確立した。製作費は全て私費で賄われ、商業的な制約から解放された自由な創作が可能となった。
革新的な映像技法
「狂った一頁」の最大の特徴は、その斬新な映像表現にある。多重露光、高速編集、歪んだアングル、急激なカメラの動き、フラッシュバックなど、当時としては極めて実験的な技法が惜しみなく使用された。特に、主観的なショットと客観的なショットを巧みに織り交ぜることで、登場人物の錯乱状態を視覚的に表現することに成功している。また、従来の無声映画で一般的だった説明字幕をほとんど使用せず、純粋に視覚的な表現のみで物語を展開させる試みも行われた。
失われた作品の発見
「狂った一頁」は長年、失われた作品として扱われていた。1971年に衣笠自身の自宅から唯一のプリントが発見されるまで、その存在は伝説として語られるのみだった。発見されたフィルムは劣化が進んでいたものの、修復作業を経て、その革新的な映像表現の数々が現代に蘇ることとなった。この発見は、日本映画史研究に大きな影響を与え、1920年代の日本における前衛的な映画表現の存在を実証する重要な証拠となった。
現代における再評価
フィルムの発見以降、「狂った一頁」は世界的な注目を集め、映画史における重要な作品として再評価されている。特に、現実と妄想を交錯させる表現手法は、後の実験映画や前衛映画に大きな影響を与えたとされる。また、精神疾患を扱うその手法は、単なるセンセーショナリズムを超え、人間の内面を描く深い洞察に満ちている点で高く評価されている。2021年には4Kデジタル修復版が完成し、より多くの観客が本作の革新性を体験できるようになった。現代の映画研究者たちからは、本作が持つ実験精神と芸術性が、今なお色褪せることのない価値を持つものとして評価されている。