
『ハスラー』から『オール・ザ・キングスメン』まで:ロッセン作品の永遠の輝き
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『ハスラー』から『オール・ザ・キングスメン』まで:ロッセン作品の永遠の輝き
『オール・ザ・キングスメン』:権力腐敗の普遍的寓話

1949年に公開された『オール・ザ・キングスメン』は、ロッセンが製作・脚本・監督を一手に引き受けた渾身の作品です。ピューリッツァー賞受賞小説を原作に、ルイジアナ州知事ヒューイ・ロングをモデルとした主人公ウィリー・スタークの栄光と没落を描きました。清廉な改革派として政界に足を踏み入れた男が、次第に大義を見失い権力の魔性に取り憑かれていく姿は、政治の裏側やポピュリズムの危うさを暴く鋭い社会批評となっています。ドキュメンタリータッチの冷徹な演出とブロデリック・クロフォードの怪演が相まって、観客に強烈な衝撃を与えました。
第22回アカデミー賞では作品賞・主演男優賞・助演女優賞の3部門を獲得し、ロッセン自身も監督賞・脚本賞にノミネートされる栄誉に浴しました。しかし、その輝かしい成功の陰で、彼の共産党員歴が暴露されるという皮肉な運命が待ち受けていました。本作は戦後アメリカ映画を代表する政治映画の一つとして評価され、2006年にはショーン・ペン主演でリメイク版も制作されましたが、オリジナルの緊迫感と深みには及ばないとの評価が一般的です。権力の誘惑に堕ちていく主人公の姿は、時代を超えて人間の本質的な弱さを映し出す普遍的な物語として、今なお観る者の心を揺さぶり続けています。
『ハスラー』:敗北から学ぶ真の勝利の意味

1961年に発表された『ハスラー』は、マッカーシズムによる不遇を経たロッセンが放った執念のカムバック作です。賭けビリヤードの世界を舞台に、腕自慢の若きハスラー、エディ・フェルソンが伝説的な名手ミネソタ・ファッツに挑戦し、挫折から再起する物語を描きました。しかし、この作品は単なるビリヤード勝負の話に留まらず、「人間にとって勝利とは何か、敗北とは何か」という深遠な問いかけを内包しています。ロッセン自身、本作を「エディが一人の人間として生きようとするために越えなければならない試練の物語」と定義付けており、ギャンブルに取り憑かれた主人公の葛藤と成長を通じて人間性の本質を描き出しました。
撮影当時すでにカラー作品が主流になる中で、あえてモノクロ映像を貫いた硬派な映像美やニューヨーク・ロケによる臨場感は、作品に独特の質感を与えています。ポール・ニューマンをはじめジャッキー・グリーソン、ジョージ・C・スコットら俳優陣の熱演も相まって、アカデミー賞では作品賞・監督賞など8部門にノミネートされ、撮影賞・美術賞の2部門を受賞しました。その後もアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存作品として登録され、1986年にはマーティン・スコセッシ監督による続編『ハスラー2』も製作されるなど、その影響力は計り知れません。敗者が自己を受け入れることで初めて勝者となるという逆説的なテーマは、後の多くの作品で反復されるモチーフとなりました。
『ボディ・アンド・ソウル』:ボクシング映画の金字塔

1947年の『ボディ・アンド・ソウル』は、ロッセンが関与した初期の監督作で、ジョン・ガーフィールド主演によるフィルム・ノワール調のボクシング映画です。貧しいユダヤ系青年チャーリー・デイヴィスがボクシングで成功を掴むも、名声と富に溺れて転落していく姿を通して、犯罪や腐敗が横行するボクシング業界の暗部を暴露しました。ローラースケートを履いたカメラマンがハンドヘルド撮影する臨場感あふれる試合シーンは「史上最高のボクシング映画の一つ」と称賛され、粗暴なスポーツの世界を社会的メッセージ性の強いドラマに昇華させています。
本作はアカデミー賞で編集賞を受賞し、主演男優賞・脚本賞にもノミネートされました。ロッセンと脚本家エイブラハム・ポロンスキーはいずれも左派の視点を作品に織り込み、金と権力への批判は当時の米国社会に鋭く迫るものでした。その後の『ロッキー』や『レイジング・ブル』など、多くのボクシング映画が本作の影響下にあると言われるほど、ジャンルに大きな足跡を残した作品です。特に『レイジング・ブル』のスコセッシ監督は本作の撮影技法や物語構成を研究し、リング撮影にもその影響が見て取れます。貧困から成り上がる主人公が名声と引き換えに魂を売り渡すという物語パターンは、以後のスポーツ映画の原型となりました。
再評価される遺作『リリス』と映画史における不朽の地位

1964年の精神ドラマ『リリス』は、ロッセンの最後の監督作品となりました。ウォーレン・ベイティ主演のこの作品は、米国では商業的にも批評的にも失敗に終わりましたが、その真価は彼の死後に認められることになります。1968年、フランスの権威ある映画誌「カイエ・デュ・シネマ」が年間ベストテンの一つに『リリス』を選出し、ロッセンの遺作に込められた詩情と狂気を高く評価しました。この出来事は、ロッセンの才能が欧州の批評家によって改めて発見された瞬間でもあり、以降、英米の映画学者たちも彼の作品を真摯に見直すようになりました。
21世紀に入り、ハーバード映画アーカイブが2013年に「ロバート・ロッセンの肉体と魂」と題した回顧上映特集を組むなど、彼の名誉回復が進んでいます。現在では、彼のフィルモグラフィ全10本のうち特に『オール・ザ・キングスメン』『ボディ・アンド・ソウル』『ハスラー』『リリス』の4本が映画史的に重要な作品として確固たる評価を確立しています。かつては政治的事情により半ば追放された彼でしたが、今日では「一つの過ちで人間を評価すべきではない」という声も上がり、彼の映画に刻まれた人間ドラマの輝きが再び注目されています。ロッセンの遺したテーマ、権力とモラルのせめぎ合い、成功と良心のジレンマ、そして人間の尊厳のゆくえは、時代を超えて普遍性を帯びており、多くの後進の映画監督や作品にインスピレーションを与え続けているのです。