
岡本喜八監督「斬る」 - 反骨精神が織りなす痛快時代劇
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侍と百姓 ―― 対照的な二人の物語

「斬る」は1968年に東宝から公開された岡本喜八監督の時代劇映画です。山本周五郎の「砦山の十七日」を原案にしており、第23回毎日映画コンクール美術賞を受賞しました。この作品は俳優・地井武男の映画初出演作としても知られています。
物語は天保四年(1833年)、空っ風が砂塵を巻き上げる上州の小此木領を舞台に展開します。そこに二人の男がふらりと現れます。一人は「やくざの源太」と名乗る男で、実は二年前に役目上で親友を斬り、武士を捨てた兵頭弥源太(仲代達矢)。もう一人は田畑半次郎(高橋悦史)で、百姓に厭気がさして田畑を売り、武士になろうとしている男です。
この対照的な二人の男を中心に物語が進んでいきます。二人が現れて間もなく、藩内の若い侍たちによる家老暗殺事件が起こり、二人はその騒動に巻き込まれていきます。源太は七人の若者に同調し、半次郎は次席家老が募る浪人隊に加わるという、それぞれの立場で行動を始めます。
主要キャストには、仲代達矢、高橋悦史のほか、星由里子(千乃役)、中村敦夫(笈川哲太郎役)、神山繁(鮎沢多宮役)、東野英治郎(森内兵庫役)、岸田森(荒尾十郎太役)など、個性的な俳優陣が名を連ねています。
岡本喜八の演出術 ―― リズムとユーモアの融合

「斬る」は岡本喜八監督の特徴が存分に発揮された作品として高く評価されています。軽妙さと反骨精神という岡本喜八監督の持ち味が最大限に発揮された作品との見方もあります。映画のレビューサイトでは、平均スコア4.0点(5点満点)という高評価を獲得しており、多くの映画ファンに支持されています。
本作の最大の魅力は、仲代達矢と高橋悦史によるユーモラスな掛け合いにあります。黒澤作品で強面のイメージのある仲代達矢が、本作では"ゆるキャラ"的な「はぁ」というとぼけた雰囲気を醸し出しており、高橋悦史の熱血漢的なキャラクターとの対比が絶妙です。
岡本喜八監督は本作でリズミカルなカッティングとシャープな映像表現を駆使し、マカロニ・ウェスタンを彷彿とさせるクールな演出を実現しています。人気のない町で、カラスの鳴き声や烏骨鶏のカットを挿入するなど、細部にまで工夫が凝らされており、独自の世界観を構築しています。
また、「小気味よい編集のテンポ、いきいち決まりまくる画のみごとさ、胸のすくような娯楽活劇に仕込まれた権力なんてくそくらえというヤンチャな反骨精神」という岡本喜八流の演出スタイルが存分に発揮されており、「テンポのよい痛快時代劇は岡本喜八監督の真骨頂」「娯楽映画の教科書と言っても過言ではない」との評価を受けています。
黒澤明「椿三十郎」との比較 ―― 同根から生まれた異なる花

興味深いのは、本作と黒澤明監督の「椿三十郎」(1962年)との類似性です。「斬る」の基本的なプロットは黒澤明の「椿三十郎」と非常に似ています。藩の悪政を正そうと家老暗殺を決行する忠義の志士たちと、それを手助けする腕の立つ浪人という構造は、「椿三十郎」における三船敏郎と加山雄三のラインと符号しています。
この類似性については、原作者が同じ山本周五郎であることが理由とされています。「椿三十郎」は山本周五郎の「日日平安」を原作としており、「斬る」は「砦山の十七日」を原案としていますが、山本周五郎の短編小説には似通った設定のものが多く、そのため類似点が生まれたと考えられます。
しかし、同じ東宝のスタッフ・キャストによる作品でありながら、「これほど似ていて、これほど違っている2作品」と評される独自の魅力も持っています。「椿三十郎」では三船敏郎が演じた主人公に対し、「斬る」では仲代達矢が主人公を演じていますが、そのキャラクターは「力むことなく、あくまでも飄々と、つかみどころがない風情で立ち回る」という特徴を持っています。
黒澤明のシャープで緊張感のある演出に対し、岡本喜八はより軽やかで遊び心のある演出を見せています。どちらの作品も同じ東宝時代劇でありながら、監督の個性により全く異なる作品に仕上がっている点が、日本映画史的にも興味深い現象と言えるでしょう。
反骨の時代劇 ―― 岡本喜八の映画人生における位置づけ

「斬る」は岡本喜八監督の代表作の一つとして、モノクロでありながら現代にも通じる魅力を持った時代劇映画です。岡本喜八は1958年に「結婚のすべて」で監督デビューし、「独立愚連隊」シリーズや「日本のいちばん長い日」などのヒット作を生み出した後、1968年にこの「斬る」を撮影しました。
岡本喜八の作品には常に「反骨精神」と「ユーモア」が内包されていますが、「斬る」においてもその特徴は遺憾なく発揮されています。藩の権力争いという重いテーマを扱いながらも、ユーモラスな演出と軽快なテンポで観る者を飽きさせない手腕は、岡本喜八ならではのものと言えるでしょう。
また、本作でも岡本喜八が得意とする「権力への批判」というテーマが見え隠れしています。「権力なんてくそくらえというヤンチャな反骨精神」は、岡本の戦争体験に裏打ちされたものであり、彼の作品一貫して流れる重要なモチーフとなっています。
「斬る」は娯楽作品としての完成度の高さと、権力に対する反骨精神を巧みに織り込んだ内容により、発表から50年以上経った現在でも色褪せない魅力を持ち続けています。「岡本喜八らしさ」が最も表れた作品の一つとして、今なお多くの映画ファンに愛され続けているのです。