映画監督・岡本喜八の生い立ち —— 反骨精神とユーモアが融合した映像作家の原点

映画監督・岡本喜八の生い立ち —— 反骨精神とユーモアが融合した映像作家の原点

鳥取からの出発 —— 芸術への目覚め

1924年(大正13年)2月17日、鳥取県米子市に生まれた岡本喜八(本名:岡本喜八郎)は、日本映画界に独自の輝きを放つ映画監督として後に大きな足跡を残すこととなる。幼少期の岡本について詳細な記録は多くないが、米子という地方都市で育った彼が映画という芸術に出会い、その魅力に惹かれていったことは、彼の後の人生を考えれば自然な流れだったのだろう。1941年に米子商蚕学校(現在の米子南高校)を卒業した岡本は、当時の多くの若者と同じように上京し、明治大学専門部商科へと進学する。この時期、すでに彼の心には映画への情熱が芽生えていたとされる。特にジョン・フォード監督の「駅馬車」に強い影響を受け、映画監督になることを志したと言われている。

当時の日本は戦時体制に突入しつつあったが、岡本は映画への思いを捨てきれず、1943年に明治大学専門部商科を卒業すると、東宝に入社して助監督となった。これは彼自身の言葉を借りれば「どうせ死ぬならば好きな映画の世界を目指そう」という決断だったという。映画という芸術に対する彼の並々ならぬ情熱が、戦時下という厳しい環境においても彼を前進させる原動力となっていたのである。

戦争体験 —— 人生を変えた豊橋での空襲

戦争体験

しかし、映画への道を歩み始めた岡本の前に、戦争という避けがたい現実が立ちはだかる。1944年、太平洋戦争の戦局悪化に伴い、彼は召集され、1945年1月には松戸の陸軍工兵学校に入隊することとなった。そして配属されたのが愛知県豊橋市にあった第一陸軍予備士官学校であった。ここでの経験は、後の岡本映画のテーマに決定的な影響を与えることとなる。

豊橋滞在中、岡本は空襲によって多くの戦友たちが命を落とす様を目の当たりにした。1945年4月には豊橋の陸軍予備士官学校が直接空襲の被害を受けたと言われている。この体験は岡本の心に深い傷跡を残し、戦争や陸海軍部に対する強い憤りを抱かせることとなった。この豊橋での経験こそが、後に岡本が多くの反戦映画を撮ることになる原点であり、彼の創作活動に多大な影響を与えたのである。

戦後の映画人生 —— 巨匠たちのもとでの修行

戦後の映画人生

終戦後、岡本は東宝に復帰する。ここからが彼の映画人生の本格的な始まりだった。マキノ雅弘、谷口千吉、成瀬巳喜男、本多猪四郎など、当時の日本映画界を代表する監督たちのもとで助監督として修行を積んだ。特にマキノ雅弘監督の「次郎長三国志シリーズ」では、岡本の才気が存分に発揮されたと言われている。

こうした修行期間を経て、1958年、岡本は「結婚のすべて」で監督としてデビューを果たす。この作品でNHK最優秀新人監督賞を受賞した彼は、翌1959年に自らの脚本による「独立愚連隊」を監督。この作品は大ヒットとなり、シリーズ化されることとなった。これは戦争末期の中国戦線を舞台に、規律を持たない兵士たちと謎めいた従軍記者が織り成す物語で、当時はほとんど存在しなかった戦争アクション映画というジャンルを切り開いた革新的な作品だった。

独自の映像世界の確立 —— 戦争体験を糧にした創造

独自の映像世界の確立

岡本喜八の映画監督としてのキャリアは、その後もめざましい発展を遂げていく。彼は「江分利満氏の優雅な生活」(1963年)、「ああ爆弾」(1964年)、そして自身最大のヒット作とされる「日本のいちばん長い日」(1967年)など、多彩なジャンルの作品を次々と世に送り出した。特に「日本のいちばん長い日」は、1945年8月14日から15日にかけての終戦直前の緊迫した政府内の攻防を描いた歴史的大作であり、日本映画史に残る名作として高く評価されている。

岡本の作品の特徴は、戦争や社会の矛盾を鋭く批判しながらも、常にユーモアを忘れない独特の作風にある。彼の39本の作品のうち、およそ半分は戦争を背景にした物語だといわれているが、それは彼自身の戦争体験が深く影響していることは間違いない。また、彼の作風の特徴である「100分なら平均1,000カット」という言葉に象徴されるように、細かいカット割りや成瀬巳喜男直伝の縦の構図、中抜きなどの技術を駆使した映像表現も高く評価されている。

1975年に東宝を退社した後も、自ら設立した喜八プロダクションで「吶喊」「ジャズ大名」「大誘拐 RAINBOW KIDS」など数々の名作を生み出し続けた岡本喜八。2005年2月19日に食道がんのため81歳で亡くなるまで、彼は生涯を通じて映画という芸術に情熱を捧げ続けた。鳥取の地方都市から始まった彼の映画人生は、戦争という過酷な体験を経て、独自の映像世界を築き上げ、日本映画史に輝かしい足跡を残したのである。

ブログに戻る
<!--関連記事の挿入カスタマイズ-->

関連記事はありません。

お問い合わせフォーム