
マクティアナン代表作の革新性:アクション映画史を変えた3つの傑作
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『ダイ・ハード』が確立した新しいヒーロー像
1988年公開の『ダイ・ハード』は、アクション映画における革命的な作品として映画史に名を刻んでいる。製作費2800万ドルに対し全世界で1億4000万ドル超の興行収入を記録した本作の最大の革新は、従来のアクション映画の常識を覆したヒーロー像にあった。
それまでのアクション映画では「筋骨隆々の無敵ヒーロー」が定番だったが、『ダイ・ハード』は等身大で傷つきやすい普通の男をヒーローに据えた。ブルース・ウィリス演じるジョン・マクレーンは、当時テレビのコメディ俳優だったウィリスのキャスティングが物語る通り、親しみやすく人間味あふれるキャラクターとして描かれた。
ロサンゼルスの高層ビルという限られた空間で展開される密室サスペンスの要素も画期的だった。孤立無援の状況で大勢のテロリストと戦うマクレーンの姿は、観客に「自分もこの状況に置かれたら」という感情移入を促した。緻密に積み上げられたストーリー構成と、スケールの大きなアクションと人間ドラマの融合は評論家からも絶賛された。
この作品の成功により、90年代のアクション映画界では「Die Hard on a Bus」「Die Hard on a Ship」といった表現が常套句となった。『沈黙の戦艦』『スピード』など数多くのフォロワーが生まれたが、元祖を超える作品は現れていない。2017年にはアメリカ国立フィルム登録簿に選定され、「史上最高のアクション映画」として文化的価値が公式に認められている。
『プレデター』のジャンル融合と映像革新
1987年の『プレデター』は、アクション・SF・ホラーの要素を巧みに融合させた独創的な作品として評価されている。ジャングルの奥地で特殊部隊と地球外生命体が繰り広げる死闘を描いた本作は、単純なアクション映画の枠を超えた革新性を持っていた。
透明化能力を持つ異星人プレデターという敵キャラクターの設定は、映画史に残る独創性を誇る。見えない敵に次々と仲間を奪われていく恐怖と緊張感は、観客に新しい映画体験を提供した。シュワルツェネッガーという肉体派スターを主演に据えながら、単なる筋力勝負ではない知恵と勇気の戦いを描いた点も評価が高い。
撮影技術面でも『プレデター』は革新的だった。マクティアナンは最新鋭のステディカム撮影や特殊効果に果敢に挑戦し、困難なジャングルでのロケを乗り越えて作品を完成させた。密林の奥行きと広がりを生かした三次元的な空間描写は、後のクリーチャー映画やサバイバル・アクションに大きな影響を与えている。
公開当初は「筋立てが単純すぎる」という批評もあったが、観客の支持は高く全米興行成績1位のヒットを記録した。その後も続編やスピンオフが作られ、プレデターはポップカルチャーの象徴的存在となった。荒削りながらも映像に漲る迫力と、未知の敵に対峙するサスペンス演出が後に再評価され、80年代アクション映画の金字塔の一つに数えられている。
『レッド・オクトーバーを追え!』の硬派なサスペンス
1990年の『レッド・オクトーバーを追え!』は、マクティアナンが手掛けた作品の中でも特に硬派で重厚な仕上がりを見せた傑作である。トム・クランシーのベストセラー小説を原作とした本作は、米ソ冷戦末期という時代背景を巧みに活用した政治サスペンスの側面も持っていた。
ソ連海軍の最新鋭原潜「レッド・オクトーバー」を舞台にした物語は、潜水艦内部という閉ざされた空間での息詰まる駆け引きが特徴的だった。ショーン・コネリー演じる艦長ラミウスとアレック・ボールドウィン演じるCIA分析官ジャック・ライアンの心理戦は、派手な爆発シーンに頼らない知的なサスペンスを生み出した。
音響兵器ソナーを駆使した独特の戦闘シーンは、従来のアクション映画にはない新しい緊張感を観客に提供した。水中という特殊な環境での音の演出は、視覚効果だけでなく聴覚にも訴える革新的な映像体験となった。マクティアナンは環境音や効果音を巧みに配置し、潜水艦映画の新しいスタンダードを確立した。
批評面でも「手に汗握る上質なスリラー」と好評を博し、興行的にも全米興収1億ドル超を記録する成功となった。ロジャー・エバートは「巧みで効率的な映画で、観客を賢い物語に引き込む」と称賛した。本作は後に続くジャック・ライアンシリーズ映画の先駆けとなり、重厚なテクノサスペンスという新たなジャンルの定着に寄与している。
3作品が映画界に与えた長期的影響
マクティアナンの代表作3本は、それぞれ異なる角度からアクション映画というジャンルの可能性を拡張した。『ダイ・ハード』が確立した「等身大ヒーロー」の概念は、その後のアクション映画の主流となり、現在でも多くの作品で採用されている基本パターンとなっている。
『プレデター』が示したジャンル横断的なアプローチは、後のクロスオーバー作品やハイブリッド映画の先駆けとなった。異種格闘技的な要素の融合は、『エイリアンVSプレデター』などの派生作品を生み出し、映画界における新しいコンテンツ創造の手法として定着した。
『レッド・オクトーバーを追え!』が切り開いた知的サスペンスの路線は、原作小説ものスパイ映画のブームを後押しした。冷戦終結直後というタイミングも相まって、政治的背景を持つエンターテインメント作品の可能性を示した重要な作品となった。
これら3作品に共通するのは、娯楽性と物語性を高いレベルで両立させた点である。マクティアナンは「アクション映画=中身のないドンパチ」という偏見を覆し、ジャンル全体の質的向上に貢献した。映画評論家や学者からも研究対象として注目され、現代の映画作家たちに継続的な影響を与え続けている。現在のCGアクションやスーパーヒーロー映画全盛の時代においても、マクティアナンの職人技と人間ドラマが光る作品群は色褪せることなく、映画史における不朽の金字塔として評価されている。