
樋口真嗣監督の代表作品群 - 『ガメラ』から『シン・ゴジラ』まで
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特撮界の新星が輝いた平成ガメラ3部作
樋口真嗣の名前を特撮界に轟かせたのは、1995年から1999年にかけて制作された平成『ガメラ』3部作での特技監督としての活躍だった。『ガメラ 大怪獣空中決戦』、『ガメラ2 レギオン襲来』、『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』の3作品で金子修介監督とタッグを組み、停滞していた怪獣映画に新風を吹き込んだ。
樋口はオープンセットでの大規模ミニチュア撮影と当時最先端のCG技術を組み合わせることで、若い世代の観客を驚嘆させる映像を生み出した。VFXスーパーバイザーの佐藤敦紀と共に手がけた特撮技術の革新により、第19回日本アカデミー賞で特別賞(特殊技術賞)を受賞する快挙を成し遂げている。
平成ガメラシリーズの成功は、昭和以来低迷していた特撮怪獣映画を平成に甦らせた意義を持つ。樋口の培った「大きいものを大きく見せる」画作りの巧みさは、巨大怪獣の迫力やスケール感を余すところなく伝える撮影術として後の作品にも大きな影響を与えている。この3部作こそが、樋口真嗣という特撮監督の出発点であり、その後の活動の基礎となった記念すべき作品群である。
監督デビューから大作への挑戦
2005年、樋口真嗣は『ローレライ』で劇場用長編映画の監督デビューを果たす。第二次世界大戦末期を舞台にした架空の潜水艦アクション映画で、東宝特撮の伝統と最新デジタルVFXを融合し、戦時中の潜水艦「ローレライ号」を舞台としたスリリングな映像世界を構築した。樋口は映画公開に合わせ小説版『ローレライ、浮上』を福井晴敏と共著するなど、物語世界の拡張にも積極的に関与した。
翌2006年には、小松左京のベストセラー小説を原作とした『日本沈没』を監督。1973年版映画のリメイクとして製作されたこの作品は、樋口自身が「映画製作を志すきっかけ」と公言する1973年版のパニック映画に現代的アレンジを加えたものだった。大規模災害描写に最新VFXを投入しつつもリアリズムを重視し、東大地震研の教授に科学考証を依頼するなど細部までこだわっている。庵野秀明がメカニックデザインで参加しており、庵野との本格的コラボレーションはこの作品が初となった。
2008年には黒澤明監督の冒険活劇『隠し砦の三悪人』を現代にリメイクした『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』を手がける。樋口にとっては初の時代劇挑戦であり、オリジナルの骨子を尊重しつつスピーディーで痛快な語り口に刷新された今風のエンターテインメントに仕上げた。巨匠黒澤作品のリメイクという重責を果敢に担った意欲作として注目を集めた。
水攻めの迫力と漫画実写化への挑戦
2012年、樋口真嗣は犬童一心と共同監督を務めた『のぼうの城』で、和田竜の同名小説を映画化した時代劇エンターテインメントを手がけた。戦国時代の忍城籠城戦において、水攻めによる城攻撃という映画史上類を見ないスケールのシーンを描き出し、この「水攻め」シーンに大量のCGと特殊効果を投入して大きな話題を呼んだ。ダム破壊による濁流が城下に押し寄せるスペクタクルは迫力満点で、第36回日本アカデミー賞では作品が優秀賞10部門に選出され、樋口自身も犬童監督と共に優秀監督賞を受賞している。
2015年には諫山創原作の大ヒット漫画『進撃の巨人』を実写映画化した二部作の総監督を務めた。盟友の尾上克郎特撮監督や佐藤敦紀VFXスーパーバイザーらと組み、日本の特撮伝統と最新デジタル技術のハイブリッドで原作の世界観を映像化した。巨大な人型怪物「巨人」が人間を捕食する不条理な設定を、生身の特撮と精巧なCG合成を組み合わせることで生々しく迫力ある映像に仕上げている。
前編『ATTACK ON TITAN』と後編『エンド オブ ザ ワールド』に加え、スピンオフ映像作品『反撃の狼煙』も製作され、巨大コンテンツの実写化プロジェクトを牽引した。2015年7月にはロサンゼルスでワールドプレミア上映も行われ、日本の特撮映画がハリウッドの観客に直接披露される貴重な機会となった。評価は賛否両論に分かれたが、「日本の特撮技術に最新CGを融合させれば世界的作品の実写化も可能」という前例を示した意義は大きい。
シン・シリーズによる特撮映画の復権
樋口真嗣の代表作として語り継がれるのが、庵野秀明と共同で監督を務めた2016年の『シン・ゴジラ』である。ゴジラ映画として12年ぶりの国内リブート作品として、未知の巨大生物災害に直面する政府・自衛隊・民間の対応をリアルに描いた社会派怪獣映画を生み出した。ゴジラそのものはフルCGで表現されつつ、従来の着ぐるみ特撮へのオマージュも織り交ぜ、シリーズ史上初めてゴジラが進化・変態する斬新な設定が導入された。
作品は興行的に大ヒットし、興行収入82.5億円に達し2016年の邦画1位となった。第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞し、樋口と庵野のコンビも最優秀監督賞を受賞する快挙を成し遂げた。批評面でも「怪獣映画と政治ドラマの融合」「311以降の日本へのメタファー」として高く評価され、国内のみならず海外の映画祭・批評家からも称賛を受けた。
2022年には『シン・ウルトラマン』で円谷プロの特撮ヒーロー『ウルトラマン』を再構築。テレビ放送開始から55年を経たウルトラマンを初代作品の精神に立ち返って描きつつ、現代的なテーマと映像表現を盛り込んだ意欲作となった。興行収入43億円超のヒットを記録し、第46回日本アカデミー賞では優秀監督賞に選出され、第54回星雲賞メディア部門も受賞している。往年のファンと新世代の観客双方から支持され、国民的ヒーローを現代にアップデートした意義は計り知れない。樋口真嗣の作品群は、日本の特撮映画史において重要な節目を刻み続け、その革新的な映像表現と社会性を兼ね備えた作品作りは現在も多くの映像作家に影響を与え続けているのである。