映画界に革命をもたらした異才 羽仁進監督の軌跡

日本映画史に名を刻む先駆者

1928年10月10日に生まれた羽仁進は、日本映画界に新たな風を吹き込んだ革新的な映画監督として知られています。父は歴史家で参議院議員の羽仁五郎、母は婦人運動家の羽仁説子という知識人の家庭に育ち、母方の祖父母は自由学園を創立した羽仁吉一と羽仁もと子という教育者でした。このような環境で育った羽仁進は、祖母が創立した自由学園を1947年に卒業後、1年間の共同通信社記者生活を経て、1949年に岩波映画製作所の設立に参加します。

映画監督としてのキャリアは、1952年に厚生省（現・厚生労働省）の依頼で制作した『生活と水』で始まりました。この作品は水道普及の必要性を伝えるための教育映画でしたが、羽仁はすでにこの初監督作品で、単なる啓発映画の域を超えた美しい映像とユーモアを織り交ぜた表現で才能の片鱗を見せていました。岩波映画製作所は後に黒木和雄、土本典昭、小川紳介、東陽一ら多くのユニークな映画人材を輩出することになりますが、その創設メンバーとして羽仁進は重要な役割を果たし、日本の記録映画の発展に大きく貢献しました。

ドキュメンタリー映画に革命をもたらした『教室の子供たち』

羽仁進の名を世に知らしめたのは、1955年に公開された記録映画『教室の子供たち』でした。この作品は、小学二年生の教室の片隅にカメラを据え付け、子どもたちがカメラを意識しなくなるまで待って撮影するという、当時としては画期的な手法で制作されました。子どもたちの自然な表情や行動を捉えたこの作品は、教育映画祭最高賞を受賞するなど高い評価を受け、日本のドキュメンタリー映画の概念を覆す革命的な作品となりました。

続いて制作された『絵を描く子どもたち』(1956年)も、当時の記録映画としては異例の劇場公開を果たし、羽仁のドキュメンタリー作家としての地位を確立しました。さらに、『双生児』(1956年)では一卵性の姉妹学級を中心に、「人間の性格は遺伝によって決まるのか、環境で決まるのか」というテーマに挑戦しています。また、『法隆寺』(1958年)では日本最古の木造建築である法隆寺の姿を美しく記録し、羽仁の映像作家としての才能をさらに示しました。彼の映画作りの特徴は、被写体の自然な姿を捉えるために徹底的に待ち、カメラを意識させないことで真実の瞬間を記録するという手法にありました。これは後の作品にも一貫して見られる彼の映画哲学となっています。

劇映画への挑戦と国際的評価

記録映画で評価を確立した羽仁進は、1960年にドキュメンタリーの手法を多用した初の長編劇映画『不良少年』を発表します。この作品はプロの俳優を使わず、実際に非行経験のある少年たちを集め、彼らの経験を即興的に取り入れながら撮影するという斬新な手法で制作されました。手記「とべない翼」に基づいたこの作品は、非行少年のシャバでの生活と少年院での姿をリアルに描き出しています。そのリアル感あふれる映像表現は高く評価され、1961年のキネマ旬報ベストテンで黒澤明の『用心棒』を抑えて日本映画の第1位に選ばれ、羽仁進は監督賞も受賞しました。さらに、マンハイム国際映画祭で金賞を受賞するなど国際的にも高い評価を得ました。

『不良少年』の成功後も、羽仁進は『彼女と彼』(1963年)、『手をつなぐ子ら』(1964年)、『ブワナ・トシの歌』(1965年)など、ドキュメンタリー的手法を取り入れた独自の劇映画を次々と発表します。特に『手をつなぐ子ら』は、伊丹万作の脚本による稲垣浩監督の名作をリメイクした作品で、成績は悪いがクラスの人気者・寛太を中心に子どもたちの世界を描き、モスクワ国際映画祭で審査員特別賞を受賞しました。また、寺山修司の脚本による『初恋・地獄編』(1968年)は、素人を起用しドキュメンタリーの手法を駆使して人間の内面を映し出すという彼の映画スタイルをさらに発展させた作品として知られています。これらの作品は国内だけでなく、海外の映画祭でも高い評価を受け、世界的な映画監督としての地位を確立しました。

創作活動の幅広さと現代における再評価

映画監督としての活動に加えて、羽仁進は多くの著作も手がけています。特に動物や自然を題材にした児童書や、教育、人間関係、哲学に関する著書など、その創作活動は多岐にわたります。1970年代には『ぼくにはひみつがあります』『恋愛論 なぜ人は求めずにおれないか』『山の精ゴロンゴロ』『ぼくが動物に学んだこと』『青春をぼくのポケットに』『2たす2は4じゃない 雑草教育のすすめ』など、様々なジャンルの著作を発表しています。1990年代以降も『羽仁進の世界歴史物語』(1994年)や『サバンナの動物親子に学ぶ』(2011年)など、独自の視点で書かれた著作を発表し続けています。

近年、羽仁進の作品は国内外で再評価の動きが活発化しています。ウィーン映画祭やニューヨークのリンカーンセンターなど海外の映画祭での特集上映が相次いで行われ、2020年にはNHK Eテレで「映画監督 羽仁進の世界 〜すべては"教室の子供たち"からはじまった〜」と題したドキュメンタリー番組も放送されました。この番組には『万引き家族』などで知られる是枝裕和監督も出演し、羽仁進の映画が現代の映画監督に与えた影響について語られています。また、「特集『岩波映画製作所出身の監督たち』」と題したイベントでは羽仁進の「教室の子供たち」など18本の作品が上映されるなど、映画史における羽仁進の重要性が再認識されています。ドキュメンタリーとフィクションの融合という現在の映画にもつながる先駆的な試みとして、今もなお高い評価を受けています。

1950年代から80年代にかけて記録映画と劇映画を横断しながら活動した羽仁進は、人や動物、大自然への愛情と実験精神に満ちた数々の作品を残しました。彼が切り開いた映像表現の地平は、日本映画史に大きな足跡を残し、今日もなお多くの映画人に影響を与え続けています。「映画の天才」と称される羽仁進の革新的な映画手法と哲学は、時代を超えて私たちに真の映画表現の可能性を示してくれるのです。