ハル・アシュビー代表作に見る映画作家の軌跡 - 傑作群が織り成す独特の世界観

ハル・アシュビー代表作に見る映画作家の軌跡 - 傑作群が織り成す独特の世界観

初期作品に刻まれた独創性の萌芽

アシュビーの代表作群の出発点となる『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』(1971年)は、死を趣味にする19歳の青年ハロルドと自由奔放で陽気な79歳の老女モードとの恋愛を描いたブラックコメディです。この奇抜な設定は公開当時、商業的成功を収めることはありませんでしたが、後にカルト的な人気を博すことになります。若者の反抗と人生賛歌を風刺的に描いたこの作品には、アシュビーの反体制的な感性が端的に表れており、彼の作家性の出発点を示す重要な作品となりました。続く『さらば冬のかもめ』(1973年)では、ジャック・ニコルソン主演で窃盗罪の若い水兵を2人の海軍下士官が護送する道中を描いたロードムービーを手がけました。軍隊内の理不尽さや反骨精神をユーモラスに織り交ぜながら、人間の友情と喪失感を繊細に描き出した本作は、公開当初は大きな話題にならなかったものの「隠れた傑作」として後年ますます高く評価されています。これらの初期作品は、アシュビーの映画作家としての独創性の萌芽を示すものであり、後の傑作群につながる重要な礎石となりました。

社会風刺と商業的成功の融合

『シャンプー』(1975年)は、ウォーレン・ベイティ主演の風刺コメディとして、アシュビーが社会風刺と商業的成功を見事に融合させた代表作です。1968年のアメリカ大統領選挙の夜のビバリーヒルズを舞台に、美容師のプレイボーイが複数の女性たちとの関係に奔走する姿を通して、当時の性的革命と政治的風潮を鋭く描き出しました。軽妙な会話劇の中に1960年代後半の時代の空気を封じ込めた本作は、華やかなコメディでありながら、その底流には終わりゆくカウンターカルチャーの時代への挽歌や風刺が込められています。第48回アカデミー賞では助演女優賞を獲得し、商業的にも大成功を収めました。ポール・サイモンが手がけた音楽と、ザ・ビーチ・ボーイズの名曲「Wouldn't It Be Nice」をオープニングとエンディングに配した演出は、1968年へのノスタルジーを込めて映画全体のムードを象徴させています。この作品は、エンターテインメント性を保ちながら深い社会批評を込めるアシュビーの手腕を示す傑作となりました。

社会派大作への挑戦と評価の確立

『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』(1976年)では、フォーク歌手ウディ・ガスリーの自伝的作品を映画化した伝記ドラマに挑戦しました。1930年代の大恐慌期、出身地オクラホマを離れ放浪の旅に出た若きガスリーが、各地の農民や労働者と触れ合いながら音楽活動を続ける姿を雄大なスケールで描きました。デヴィッド・キャラダインを主演に大胆に起用し、ハスケル・ウェクスラーの撮影により世界で初めてステディカムを本格導入した映画としても知られています。第49回アカデミー賞ではウェクスラーが撮影賞を受賞し、その映像美と時代描写が高く評価されました。続く『帰郷』(1978年)は、ベトナム戦争の後遺症に苦しむ帰還兵と彼を支える人々を描いたヒューマンドラマとして、アシュビーの社会派としての側面を決定づけた作品です。戦地から帰国して半身不随となった退役軍人と士官の妻との関係を軸に、戦争がもたらす心の傷と反戦のメッセージを静かに描きました。第51回アカデミー賞では作品賞を含む8部門にノミネートされ、脚本賞、主演男優賞、主演女優賞を獲得する大成功を収めました。

晩年の傑作とメディア社会への警鐘

アシュビー最後の傑作となった『チャンス』(1979年)は、ピーター・セラーズ主演の風刺コメディとして、メディア時代の政治風刺を込めた集大成的作品です。長年屋敷の庭師として世間知らずに生きてきた中年男チャンスが、主人の死をきっかけに外の世界へ出て、純真で無垢な言動ゆえに周囲から卓抜な賢人と誤解され、ついには合衆国大統領候補にまで祭り上げられてしまうという設定は、強烈な社会風刺となっています。テレビ漬けの純真な男が現代社会に波紋を広げていく様子を通じて、人間の愚かしさとメディアの影響力をシニカルに描きました。セラーズはこの作品でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、共演のメルヴィン・ダグラスはアカデミー助演男優賞を受賞しました。全体のトーンは静かで品のあるユーモアに包まれながらも、皮肉に満ちた社会批評を含んだ内容となっており、アシュビーの映画作家としての円熟を示す作品です。湖水の上を歩いていく伝説的なラストシーンは、映画史に残る印象的な場面として語り継がれています。これらの代表作群は、シニカルな視点と独特のユーモアをたたえた傑作ぞろいであり、ニュー・ハリウッド史にその名を刻む重要な作品群となっています。

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