
代表作品群から読み解く恐怖表現の進化
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初期作品から『リング』まで、Jホラーの基盤形成期

中田秀夫の映画作家としての歩みは、1996年の『女優霊』から始まった。撮影所を舞台とした記念すべき劇場用長編デビュー作は、低予算ながらも斬新な恐怖演出で注目を集めた。映画出演を夢見て果たせず亡くなった女優の霊が現場を怪異に陥れる物語は、人間の情念に根ざした恐怖とメタ的な映画内映画の設定が特徴だった。
長い黒髪の幽霊がスクリーンにぼんやりと立つ様を不気味に描いた本作は、当時低迷していたジャパニーズホラーに新風を吹き込んだ。この作品で確立された静的恐怖の手法は、後の『リング』成功への重要な布石となった。カルト的な支持を獲得した『女優霊』は、Jホラー興隆の火種を作った記念碑的作品として位置付けられている。
そして1998年、中田秀夫は鈴木光司の小説を原作とした『リング』で映画史に名を刻んだ。見ると1週間後に死ぬという「呪いのビデオ」を巡る恐怖を描いたこの作品は、現代メディアと古典的な呪いの融合という斬新なアイデアで観客を魅了した。配給収入約10億円の大ヒットを記録し、Jホラーブームの火付け役となった。
テレビ画面から這い出てくる山村貞子の強烈なビジュアルイメージは観客に鮮烈な恐怖体験を与え、ハリウッドリメイク版の成功により「貞子」は世界的なホラー・アイコンとなった。『リング』の成功と影響力は計り知れず、Jホラーを世界的ブランドに押し上げた金字塔的作品である。
『仄暗い水の底から』とハリウッド進出、国際的評価の確立

2002年の『仄暗い水の底から』は、『リング』と同じく鈴木光司原作の短編を基にした作品で、中田監督の演出技術がさらに洗練されたことを示す傑作だった。離婚後に幼い娘と暮らし始めたシングルマザーが古びたマンションで経験する怪異を描く物語は、水をモチーフにした湿度の高い恐怖演出が印象的だった。
天井の染みから滴り落ちる水、不気味に動作するエレベーター、そして忽然と消えた少女の霊など、視覚的にも聴覚的にも観客を不安にさせる要素が巧妙に配置された。ホラーでありながら母と娘の愛情ドラマが軸になっている点も特色で、観客に単なる怖さ以上の余韻と悲しみを残す作品となった。
海外評価も高く、シッチェス映画祭では審査員特別賞、フランス・ジェラルメ国際ファンタスティカ映画祭ではグランプリに輝いた。この評判を受けてハリウッドでも『ダーク・ウォーター』としてリメイクされ、中田秀夫の作品の中でも『リング』に次いで国際的な影響を与えた意義深い一本となった。
2005年には『ザ・リング2』でハリウッド長編デビューを果たした。前作の成功を受けて、続編の監督にオリジナル版『リング』の中田秀夫が直接起用されるという異例の形で製作された。日米の映画文化の違いに直面しながらも、持ち味の心理的恐怖とハリウッド的な視覚効果を融合させた演出で話題を集め、全世界で1億6千万ドル以上の興行収入を記録した。
ジャンル横断への挑戦、サスペンス・スリラー作品群

2010年代に入ると、中田秀夫はホラー以外のジャンルにも積極的に挑戦し始めた。2010年の『インシテミル 7日間のデス・ゲーム』は、米澤穂信による小説を原作としたミステリー・スリラー映画で、高額報酬につられて集められた男女10人が密室館で殺人ゲームに巻き込まれるクローズドサークル物だった。
中田監督は本作で初めて本格的なミステリーに挑戦し、幽霊の出ない環境でも観客を怖がらせるサスペンス演出を披露した。登場人物同士の疑心暗鬼や心理戦を丁寧に描きつつ、館内に仕掛けられた罠や緊迫の殺害シーンではホラー映画さながらのハラハラ感を演出している。藤原竜也や綾瀬はるかなど豪華キャストを起用したことでも話題となり、ジャンル横断的な演出力を示す作品となった。
2018年の『スマホを落としただけなのに』では、志駕晃の小説を原作としたサイバー犯罪スリラーに取り組んだ。恋人がスマートフォンを紛失したことから、ヒロインの日常に連続殺人鬼の魔手が迫るという現代的な恐怖を描いた。ネット社会の闇や個人情報漏洩への不安感を巧みに映像化し、「デジタル時代の恐怖」を提示した点で評価された。
ホラー畑の監督が手掛けたことで、ストーカー的な迫り方や不気味な演出には随所にホラー的エッセンスが感じられた。主演の北川景子をはじめ人気俳優陣の熱演もあり興行的にも成功を収め、翌年には続編も製作された。シリーズ化により若い観客層にもアピールし、監督のファン層を拡大する意義を持った作品となった。
現代への回帰と新たな表現への挑戦

2020年の『事故物件 恐い間取り』は、松原タニシの実体験エッセイを原作としたホラー映画で、中田監督にとって久々の本格ホラー作品となった。売れない芸人が家賃の安さにつられ、次々と「事故物件」に住み続けるうちに恐ろしい心霊現象に見舞われるという内容で、実話ベースの怪談という新鮮味があった。
新型コロナ禍で低迷していた映画興行の中にあって異例のヒットを飛ばし、最終的に興行収入約23億円を記録して2000年代以降の邦画ホラーでNo.1の大ヒットとなった。現代日本が直面する社会問題(住宅事情や孤独死)をホラーに取り入れた点で話題を集め、若年層からホラー好きまで幅広い観客に支持された。Jホラーの再ブームを牽引した作品として高く評価されている。
2022年の『"それ"がいる森』では、従来のJホラーからの脱却を図った新たな挑戦が詰まっていた。不可解な怪奇現象が多発する実在の森を舞台に、嵐の夜に主人公親子の前に現れる未知の存在を描くジュブナイル風味のホラーである。正体不明のモンスター的な"それ"によるパニック要素を含み、従来の怨霊ものとは一線を画した。
中田監督自身、「今までのJホラーの在り様を見直し、動の演出で新作に挑む」と語っており、本作では幽霊がじっと立っているだけの静的恐怖から一歩踏み出し、アクティブに襲い来る未知の恐怖を描いている。森の中で「それ」が子供達に容赦なく襲いかかるシーンにはスピード感ある演出が光り、従来の湿った静けさとは異なるベクトルで観客を怖がらせた。Jホラーの新たな地平を切り開く試みとして注目され、中田秀夫が自己のスタイルを更新し続けていることを示す作品となった。